ありえない本当にあった話
インドに暮らしていると時々、驚くような出来事に遭遇します。
それは、日本人なら誰もがごく自然に持っている物事への在り方や、人としての行動パターンが根底から覆されるようなことなんですね。
先日、あるインド女性が自殺をしたという知らせを受けたんですが、物語の一部始終を聞いて驚愕してしまったんです。
というのも、
その女性が焼身自殺の方法が、5Lの食用オイルを全身に浴びせて灯火したーーというのです。
「まさか!そんなこと有り得ない!」
身震いするのを誤魔化すかのように思わず叫んでしまいました。
でも、本当だった。
言葉を失いました。
21世紀の今の時代に焼身自殺をするなんて。ましてや、そんな原始的な方法で、、、
これを読んでいるあなたも信じられないかもしれませんが、私も信じられませんでした。
焼身自殺に至った物語
ここでインドの女性を一括りにするつもりはありませんが、その女性はインドの田舎の村出身で教育もほとんど受けることができず、16歳で見合い結婚。
2人の子供をもうけたものの夫からは殴られたりすることもあり、さらに一緒に住んでいた姑からは常に批判を受け続けたそうです。
早朝から夜遅くまで大家族のために3度のご飯を作り、掃除、洗濯、育児、、、近所に住んでいる親戚からもサポートをあまり受けられず。
自分の両親はすでに他界しており、親身なってくれる家族や友人もない。
このような生活を続けて15年近く経ったある日、自宅アパートの屋上で焼身自殺を図った。
彼女の知人は、こう言いました。
「あの子は生きていくことを、あきらめたんだよ。」
自分を殺すも生かすも自分次第
比較論をここに持ち出して自殺した彼女に比べたら、自分は恵まれてどれだけ幸せなんだろうかーーと言いたいのではありません。
それは、あまりに短絡すぎるもの。
彼女の物語の一片を知り得たことで自分の生きざま、というか
- 何を指針として生きているのか
- 自分の人生で何が起こってほしいのか
- 自分のハートの真実に従っているのか
- スマホのなかだけで、人生知った気になってないか
- 上手に隠蔽されているかもしれない自分のおごりや欺瞞に気づいているかどうか
そんなことを感じつつ、自らの生命を絶つという決断以外に考える余地が残されていなかった、その女性の方に祈りを捧げました。
次に生まれてくるときに、果たして彼女の人生がどのように展開するのかは誰にも分かりません。
生殺し、半殺しでも生き延びることはできる
日本て、いい国です。
すごくね、優しい。キャッチ・コピーにあるようにオモテナシの文化というか、人々が本当に優しい。
だからこそ、すべてが何となく生ぬるく、何も考えなくてもなんとなーく生きていくことが可能。
それは、人間のフリをしながらただ生きながらえているーーと言ったほうがいいかもしれませんが。
いろんなことが丁寧に、細かく、かゆいところにまで手が届くサービスに慣れきってしまい、実際のところ、自殺とまではいかなくても生殺しか、半殺し状態で生きている人。
結構いるんじゃないかと思ってます。
なぜなら、私がそうだったから。
温床に寝そべって、腐っていく自分自身を誰かに救い出してもらいたい。
でも、それが誰なのかなんなのか、全くわかってなかったわけ。
少なくとも私にとっての良い知らせは、自分がゆっくりと、ゆっくりと腐っていっているのは、自覚できてた。
よかったねぇ~
って。
人生が変わるキッカケは行動から始まる
自覚していたところで、元来怠け者だった私ですから、今どきの20代が揶揄されているごとくに「やる気ない」人間そのもの。
動かないんだよね~。
やる気ないヤツってさ。
なので、スマホをスルスル指で動かす以上の行動をしないヤツ。
気持ち、めちゃ分かります。
いつ生き始める?たった、今、この瞬間から。
こんな衝撃的な話しを読んでね、心のどこも動かないようだったら今すぐメルマガ解除して、これ以上ブログ記事も読まないでほしいなぁと、心底思います。うん、ぜひそうしてほしい。
人間て、ある種の衝撃が加わると、そのショックや激しさに何とか対応しようとなーんか行動しちゃいます。
しちゃいませんか?
むやみに歩き回ったり、全然カンケーないことし始めたり、どーでもいい思考をめぐらしてみたり、トンチンカンな夢見へ飛行したり、感じないように防御作戦。
でも、何かしらの行動が起こったなら、心の深いところで呼応しているということだから自分を褒めてあげてほしいなぁ、
と、思っています。
シンプルなことだけど、自分を突き動かす何かに出会ったら出来るかぎり気づいていたいですね。
火の使うことができる者
それをタントリカと呼びます。
怒り、悲しみ、嫉妬、欲望、激情、肉欲、それはすべて火。
それらに乗っ取られるのでなく自分がそれらの使い手となり、主人になる。
そのとき、はじめて人はタントリカと呼ばれるようになります。
シヴァとシャクティが目覚める旅。それは、タントリカへの道です。
そしてタントラの道は、火の使い手となるマスターへの道。
愛の道は、火の道です。
1人では危険が伴うこともあります。寄り道や脇道に逸れる誘惑も無数にあります。だからこそ、タントラの道を歩みたいと願うなら、私たちと共に学んでいくことを心から励ましたいと思っています。
愛を込めて
トーシャン