「もう死んでもいい」と思う瞬間ある?

 

 

死を祝う。生を祝う。

 

Namaste シヴァとシャクティが目覚める旅
トーシャン(@atmotoshan)です。

 

昨日デス・セレブレーションという
死を祝い、生を祝う祝祭が
プーナのOSHO瞑想リゾートであったんです。

 

サニアシンの一人が
肉体を離れたの。

 

ここではサニアシンが
死を迎えると、

 

必ずDeath Celebration
あります。

 

 

デス・セレブレーションとは
死を祝うこと。

 

そして、

死を祝うことは
生を祝うこと。

 

このOSHOのヴィジョンとともに

今もサニアシンたちのハートに燃え続け、
セレブレーションが行われます。

 

 

セレブレーションは、
肉体の傍らで多くの人たちが

歌い、踊ります。

 

文字通り、
歌と踊りのなかで

 

肉体に火が灯火されて
荼毘されます。

 

サニアシンたちの
歌声とダンスの祝祭のなかで。

 

 

死を祝うセレブレーションが意味するもの

 

このセレブレーションは
もちろんですが、

 

いつも突然やってきます。

 

そして、
この瞑想リゾートのキャンパス内では
すべての活動が止まります。

 

まさに、ストップ!

 

それほどに、
このデス・セレブレーションは

 

私たち瞑想者にとって
大きな意味を持つ通過点なのです。

 

死を祝う瞬間、自分のが生きている今を強烈に感じる

 

私もこのセレブレーションに
何度も、何度も
参加した経験があります。

その度に
今、生きている自分の生を
本当にトータルに生きているか。

自分への問いかけが
鮮明になります。

 

昨日は、そんな問いかけと共に美しい時間を
過ごした1日でした。

 

(デス・セレブレーションの様子。クリックすると動画見れます

 

 

今この瞬間こそが楽園だ。今この瞬間こそが永遠だ。

 

OSHOは言います。

深い愛の中で、
愛する者たちはいつも

 

「もう死んでもいい」と思う。

 

そのような瞬間には、
たとえ死が起ころうと、

 

その死でさえ
喜んで受け容れる。

 

ふたりはオープンだ。
死に対してさえ、オープンだ。

 

生に対してオープンであれば、
死に対してもオープンだ。

 

生に対して閉じていたら、
死に対しても閉じている。

 

死を恐れている人々は、
基本的に生を恐れている。

 

彼らはいまだ生きていない。
だからこそ死をそのように恐れるのだ。

ーー中略ーー

深く生きてきた人は、死を恐れない。
彼は成就している。

 

そして死がやってきたら、
それを歓迎する、受け容れる。

 

生はすでに与えうるすべてを
与えてしまった。

 

彼はもう生の中で知りうる
すべてを知ってしまった。

 

だから
たやすく死の中へ入ることができる。

 

彼は死の中へ入るのを楽しみにする。
そうすれば未知のもの、
新しいものを知ることができる。

セックスの中、愛の中で、
あなたは恐怖を知らない。

 

それはべつに、
未来ののものを求めて戦うことではない。

今この瞬間こそが楽園だ。

 

今この瞬間こそが永遠だ。

 

OSHO

 

 
みなさまにとって素敵な1日でありますように。

 

 

イベントのご案内

 
 
タントラの探求を深めていきたい方、タントラの聖地インド・カジュラホで瞑想実践したい方

 3/3聖地カジュラホ『内なる結婚』タントラ5日間リトリート

 

 11/17【11&12月開催】こころでからだの声を聴く☆7日間変容プログラム

 11/15【女性限定】タントラについてこっそり話そう会(声だけ参加)

 ウッタムとトーシャンによる個人セッション

 11/16【オンライン夜の部】こころでからだの声を聴く体験会

 11/14【男性限定】タントラについてざっくばらんに話そう会

ガイド瞑想「こころでからだの声を聴く」オンライン体験会

2018.11.14

タントラについて話してみませんか

2018.11.05

ABOUTこの記事をかいた人

facebook-profile-picture

タントラとは何か? 私とは何か? トータルに生きるとは?自分を探求する情熱がとまらず、インドに暮らして15年になろうとしています。 シヴァがシャクティに語る愛の言葉ヴィギャン・ヴァイラブ・タントラ『ハートを開き宇宙とひとつになる112の秘法』をパートナーのウッタムと共に実践し、日本やインドでワークショップ&リトリート開催。 メルマガ登録はここから!「シヴァとシャクティが出会う歓喜の旅