
インドの旅は内面を映し出す鏡
ヴァラナシに旅したときのことです。
インド北部のこの古都は、ガンジス川に沿って街が広がっています。今でこそ舗装された幹線道路がありますが、川沿い周辺は大人3人が並んで歩くのが難しいほど細い迷路のような道がひしめき合っています。
ある日の夕方、川沿いで夕陽を眺め静かに座っていたときに一緒にいた仲間の1人が「ヴァラナシに来たら絶対に試してほしい絶品のラッシーがある!」ということで、誘われるまま川沿いを歩き始めました。
「ここらへんだわ」という彼女の自信たっぷりのガイドに従って、川べりの道から喧騒の細い路地街(しかも汚いっ😭)のなかに突入していきました。
何度も道を曲がり、その度に同じところを戻ってきたのかと錯覚するほど街並みは同じ風景。
「このへんだったはず」という彼女の自信も少しずつ小さくなっていき、地元と思われる人たちの「あっちへいってごらん」「こっちへいってごらん」という指差し通りに歩いていくのですが、歩いても歩いても目的地へはつきません。
しかも地図では描けないほど入り組んだ路地は、文字通り迷宮でスマホのGPSもほとんど使えない状態。
インド人が嘘つきなわけでもなく、尋ねられた人たちは皆自分なりの解釈で考える行き先までの道案内をしてくれるわけです。
右に、左に、また右に、、と、歩き続けて2時間が過ぎた頃、
「もうここからなら分かる!」という彼女の自信復活の声かけと共に確かに名物ラッシー店へ到着。
そしてもちろん、お約束通りお店はすでに完売にて閉店。
私たちにできたことは、みんなで大笑いすることだけでした。😂
無意識のまま旅を始めた私の場合
このラッシー迷路事件の様相は、まさしくタントラという広大で深淵な森を進んでいく旅路を彷彿させてました。
まずは
そもそも目指すお店がどこなのか全く分からずに、ガイドの動物的直感と過去の記憶を信じて歩き始めたこと。
そして、途中何度も右や左へ方向を指し示してくれる人たちに出会うも結果として更なる深い迷路へと突き進むことになり、
その度に怒ったり、憤ったり、相手を責めたり、自分を責めたり、否定的な感情の荒波に乗っ取られ、
本当にこの道で合っているのかーーー疑心暗鬼と恐怖がまとわりついた状態で道を歩き続けていく。
喜びもへちまもありゃしない。
自分が辿ってきたタントラの旅路を振り返ってみたときに、最初の10年間は、そのほとんどを疑いと恐怖の羽織を無意識に着たまま過ごしていたんだなぁ、とようやく理解できるようになりました。
安心のお座布団で居眠りしたままでタントラの旅路は進めないことは確かなのだけど、それまで散々不安に駆られたり、涙をこぼしたり、苦しんできたからこそ分かち合えることもあります。
タントラは地球を救う。
そして、私は救われた。
これはタントラを分かち合い始める前から私のキャッチコピーみたいなものなんですが、いつも本当にそう思うのです。
私は救われた。
他の何かではなく、
タントラで。