10月個人セッション日程のご案内

3日間限定枠でセッションオープンいたします

 

ナマステ。トーシャン(@atmotoshan)です。

人生で初めてぶどう狩りや温泉、瞑想、家族や友人たちとの大切な時間をフルに満喫した日本滞在をあとにして、10月20日(土)から北インド聖地リシケシで、ショバナを講師に迎えて開催される

『リシケシ自己変容の旅』へと向かいます。

 

その関係上、毎月定例の個人セッションはすべてクローズさせて頂く予定にしていたんですが、今回2週間ほど日本に滞在している期間に、セッションのご要望を頂きましたので3日間限定枠となりますがオープンいたします。

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ガイド瞑想「こころでからだの声を聴く」オンライン体験会

こころでからだの声を聴く 

zoomオンライン夜の部 体験会

 

自己治癒力を高め、

深くリラックスするための7日間のその前に。。。

OSHO Reminding Yourself of the Forgotten Language

of Talking to BodyMind

 

 

 

この7日間のプロセスは、毎日同じ時間に受講していただくプログラムなので

7日間毎日受けられる」ことが参加の基本条件です。

そこで!

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インドに行くと人生観が変わる本当の理由。自分を見つめる旅

なぜ人はインドへと向かうのか

 

ナマステ。トーシャン(@atmotoshan)です。

インドと聞いて、まず何を連想しますか? カレー? ターバン? インド人の顔?牛? ガンジス河? そう、インドという国は、実に掴みどころのない摩訶不思議な魅力をもつ国ですね。

人生という、長く短い旅の道のりの途上で、「自分の人生とは一体なんだろう?」という自分自身への問いが、誰しも一度はやってくる時があります。

その問いのきっかけになるのは、何かしら人生の困難や試練、挑戦、挫折感や絶望、病いといった、ある意味ネガティブと思えるようなことが多いかもしれません。

そこそこ幸せに暮らしていたかと思いきや、一気に転落して頂点から転げ落ちるような体験も「自分の人生」や「生きること」そのものへ意識が向くときです。

インドへ行こう。そんな風に思う瞬間が人生で不意に訪れたなら、そのときがインドへ向かう正しいタイミングです。

スマホで写真や動画を撮って、現地のご飯を食べて、地元の人たちと交流して。。。。そういった旅も、多くの経験や人生が変わる出会いも待ち受けていることでしょう。

しかし、この記事ではそういう旅ではなく、「自分の見つめる旅」としてインドを選んだとき、自分の人生観が変わる本当の理由について考えてみます。

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祈りの瞑想〜祈りとは何ですか?〜

祈りとは何ですか?

 

祈りとは、行為出来る何かではない。祈りとは、考えられる何かでもない。祈りは沈黙の、完全な沈黙の状態だ。人がただあるーーーその時、人は祈りの中にいる。もしあなたが祈りを行ったら、あなたはまったく肝心な点を見逃す。行為は周辺にとどまる。行為は、あなたの存在の中心に入れない。

もし祈りを語っていたら、あなたはまたも見失うーーーなぜなら話す時に、あなたは自分自身を神から分離したものだと思っている。あなたは、神があなたから分離しているかのように神と関わる。そしてそれは、基本的な幻想だ。神はあなたから分離してはいない。

したがって、祈りは私と何時のあいだの会話にはならない。私は汝だーーー会話の可能性はまったくない。あなたが祈りを話した瞬間、あなたは基本的に謝った仮説を受け入れるーーー神は彼方に、あなたから遠く離れて分離しているというものだ。

あなたは神を対象にまで、おとしめている。神はあなたの主観性そのものだ。彼はあなたの中心そのものだ。

ウパニシャッド曰く「汝はそれなり(Tat-tvam-asi)」

祈りに入る唯一の道は、完全な沈黙にあることだ。その沈黙の中で感謝が溢れだす。しかしそれは言葉にはならない。途方もないありがたきさ、しかしそれは言えない、それは話されない、大きな愛があるが、それは純粋な現存だ。

そうだ、プラブッダ、無心(ノーマインド)は究極の祈りだ。

そして祈りと瞑想が出会うところが、ノーマインドの状態だ。瞑想はあなたを、ノーマインドへ連れていく。祈りはあなたをノーマインドへ連れていく。

ノーマインドは、マインドの道とハートの道が出会う頂点だ。禅とスーフィズムが一つになる頂点だ。

禅の道は思考を落とすことから始まる。思考のプロセスに、もっともっと注意深くなりーーーとても気づくようになる。その気づきの中で、その気づきの最中に思考は蒸発し始め、あなたは完全に裸で一人取り残される。これが瞑想の道だ。それはマインドを通して働く。それはマインドに反し、マインドを超越する。しかし、その道はマインドを通っていく。

愛する人、献身者、スーフィーの道は、直接ハートを通っていく。それは単に、マインドを脇に置く。それはマインドでまったく働かない。それは感情で働く。感情は静かで、言葉を持たないーーあなたは伝達できない、あなたは交合できるだけだ。

禅では、思考は減る。そして思考が減ってくると、あなたのエネルギーはノーマインドになるように解放される。スーフィズムでは感情が強くなり、あなたはあなたのエネルギーを感情に注ぎ込む。感情が力をつければつけるほど、思考は自然に消えていく。

しかしその両方の道から、あなたはノーマインドの聖堂に達する。
それは祈りの極地であり、瞑想の極地だ。

ここではスーフィーが禅の人であり、禅の求道者がスーフィーだーー
ここではブッダがばハーディンに出会う。ここではすべての宗教が、一つの海に入り込む。

宗教は川のようだ。ノーマインドは海だ。
どこから来ても、どの方向から来ても、どの道にしたがっても、あなたがノーマインドの状態に達する日は喜びの日だ。

あなたは我が家へ到達した。

OSHO

永久の哲学〈2〉ピュタゴラスの黄金詩―OSHO講話録 より抜粋

 

 

 

祈りの瞑想〜プレーヤー瞑想〜

 

この祈りは、夜、暗くした部屋のなかで行い
そのすぐあとで眠りにつくのが一番いい

あるいは、朝行ってもよいが
そのあとには、15分の休息をとりなさい
この休息は必要だ

これをとらずにいると、
まるで酔っ払ってぼおっとしたみたいに感じるからだ

このエネルギーと溶け合うことこそ、祈りだ
それはあなたを変える
そして、あなたが変われば
全存在が変わる

空に向けて、両手をあげなさい
手のひらを一番高くして、頭を上に向け
存在が自分のなかに流れ込んでいるのを感じるがいい

エネルギーが腕をつたって流れおりるにつれ
あなたはかるい身震いを感じるだろう

そよ風にゆれる木の葉のように、震えなさい
それを許し、それを促しなさい

それから、全身をエネルギーでうち震わせ
どんなことでも、ただ起こるがままにしなさい

あなたは再び大地とともに流れゆくのを感じる

天と地
上と下
陰と陽
男性と女性ーーー

あなたは漂い、まじわり合って
完全に自分自身を落とす

あなたはいない
あなたは一体(ひとつ)となって溶け込んでしまう……

2〜3分たったらもしくは、すっかりみたされたと感じたら
大地にひざまづき、接吻(くちづけ)するがいい

あなたはただ単に、神性なるエネルギーが
大地のエネルギーと合一するのを
許すための媒介となる

この二つのステージを、さらに6回くり返えすべきだ
そうしたら、それぞれのチャクラのブロックを解くことができるようになる

それ以上多くの回数を行ってもいい
が、それ以下では落ちつかない気分になり、眠れないだろう

まったくその祈りの状態のまま眠りにはいりなさい
そのまま眠りなさい

すると、祈りのエネルギーはそこまでつづく
あなたは眠りのなかにはいったまま、そのエネルギーとともに流れる

それはとても大きな助けになる
なぜなら、そうすればエネルギーが一晩中あなたをとりまいて
働きつづけるからだ

朝までには、あなたはいまだかつて感じたことのないほど
新鮮な、いきいきした感じがする

新たな気力、新たな生命が、浸透しはじめ
その日いっぱい、新たなエネルギーにみち溢れる

あなたのハートには新しいヴァイブが、新しい歌が
あなたの足どりには新しいダンスがみち溢れる

OSHO
オレンジ・ブック―和尚の瞑想テクニックより一部抜粋

 

 

瞑想のやり方

 

神のエネルギーの通路となる、祈りの瞑想。夜眠る前に行なうのが最も適しています。 朝行なっても構いませんが、その場合は瞑想の後、15分の休息をとったほうがいい、とOSHOは言っています。

第1ステージ(20分前後)

空に向けて、両手を上げます。手のひらを一番高くして、頭を上に向け、存在が自分のなかに流れ込んでいるのを感じます。エネルギーが腕を伝って流れおりるにつれ、軽い身震いを感じるでしょう。そよ風にゆれる木の葉のように、震えます。それを許し、それを促します。

そして、全身をエネルギーでうち震わせ、どんなことでも、ただ起こるがままにします。2~3分経ったら、もしくはすっかり満たされたと感じたら、大地にひざまづき、額をつけます。あなたが媒介となり、神聖なるエネルギーが大地のエネルギーとひとつになります。

この一連の動作を、全部で7回繰り返します。そうすればチャクラのブロックが解かれるでしょう。場合によっては7回以上行なっても構いません。

 

第2ステージ(15分~)

そのまま眠りにつくか、あるいは15分間横たわります。眠りのなかでは、祈りのエネルギーが一晩中あなたをとりまき、朝までには、あなたがかつて感じたことがないほど新鮮な感じがするでしょう。

 

このエネルギーと溶け合うことこそ、祈りだ。

それはあなたを変える。そして、あなたが変われば、全存在が変わる。

新たな気力、新たな生命が浸透しはじめ、その朝、その日いっぱい、新たなエネルギーに満ちあふれる。

あなたのハートには新しい歌が、新しいダンスが満ちあふれる。

OSHO

 

新瞑想法入門の日本語版には(2018年6月現在)含まれていませんが、英語改定新書版にはOSHOプレーヤーメディテーションとして紹介されています。

市民出版社より瞑想法抜粋、瞑想音楽用のカセットテープが販売されています。

 

この瞑想を行うときに知っておきたい5W3H

 

なにを What?

 

祈りの瞑想〜プレーヤー瞑想〜です。瞑想の時間は約20〜35分間。寝る前に実践する場合は、そのまま眠る格好でよいでしょう。この瞑想のために特別な服装をする必要はありません。

 

いつ When?

 

この瞑想を行う時間帯によって、やり方が少し変わります。

  • 夜、眠りにつく前に行う場合は第1ステージ終了後そのまま眠りのなかに入ります。
  • 朝、起きて瞑想を行う場合は、すべてのステージを行います。

 

朝に行う場合、起きたら1日の始まりに行うのが最適です。目が覚めたらすぐに準備を整えて始めましょう。忙しい現代に生きている私たちは普段起きたらすぐにスマホに手を伸ばすことがあるかもしれませんが、この瞑想を朝、実践してみる方は瞑想が終わるまで「スマホで、朝、何気なくいつもやってるいくつかのこと」を「つい」やってしまわないよう気づいていましょう。

 

どこで Where?

 

部屋のなかでーーー! それが自宅の寝室であっても、出張先のホテルの部屋であっても構いません。夜やってみる場合は、「暗くした部屋のなかで行いそのすぐあとで眠りにつくのが一番いい」ーーので準備が整ったら、部屋の電気を消してカーテンを閉めてできる限り暗くなるよう工夫してやってみてください。

もちろん、暗い環境が整うようであれば戸外で、、、例えば、新月の夜の海辺ーーーーなんてことも可能かもしれませんが、個人的にはお勧めしません。もしかして誰か他の人がふいにやってきたり、声をかけられたり、雨がふったり、突風が吹いたり、、、と自然のなかで瞑想するのは意外とプライバシーが保たれにくいし、予測不能なこと起こらないとも限りません。

瞑想している間は、外側の何かに邪魔されることのない環境がとても大切なので、お部屋のなかで安心して行うことをお勧めします。

瞑想リトリートや瞑想合宿といった、講師がそばにいて安全な環境を確保していてくれるのであれば可能かもしれませんが、私とウッタムが開催している瞑想リトリートでは自然の中で夜プレーヤー瞑想はまだ未体験です。

 

なぜ Why?

 

意識している・していないに関わらず、私たちの頭はいつもフル回転で動いているので、「頭がパンパン」状態になっています。考えなければならないことが千と一つもある日常から、ちょうど胸の真ん中あたりにあるハート♡に栄養補給をしてあげる方法のひとつが「瞑想」です。

この祈りの瞑想は、頭ばかりにいってしまっているエネルギーがハートにおりてくるのを助けてくれます。それだけでなくハートが再び息吹を取り戻し、文字通り「ハートが生き返る」感覚と繋がることできます。

ハートが呼吸できるようになると、拡がりや繊細さ、重荷から解放される感覚がやってきます。そうすると自分にも周囲にも優しく寛容になれるんですね。素直な気持ちになれたりーーね。

神性なエネルギーと大地のエネルギーを合一させていく媒介となる体験は、自分という人間が大いなる何かに繋がる喜び・至福の体験なのです。

瞑想は、自分自身が実際に体験してみないとわからない神秘がたくさん秘められています。このブログ記事を読んで理解しても、それは体験に落ちていかないので、内面の豊かさや財産には繋がっていかないのです。字面だけじゃ、決して分かり得ないのが瞑想なのですね。

ですから、まず、体験してみることです!

 

誰と? with Who?

 

一人で行うのが良いでしょう。

ただ、家族やパートナーと寝床を同じにしている人もいますよね。一緒に瞑想して、そのまま一緒に眠りにつくことができたら最高ですが、そういう訳にもいかない方も多いと思います。お子さんと一緒でしたら、彼らが寝るのを待ってから瞑想を始めましょう。

パートナーと一緒でしたら、相手が布団に横になって頭を枕にのせてから瞑想を始めます。そして瞑想を始める前に、相手にどんな瞑想をするのか、どのくらいの時間がかかるのか必ず事前に話しをしましょう。そして相手の合意をもらいます。ここポイント!です。とても大事なことです。

なぜか?

パートナーの人にとって自分が眠りにつく時間帯や朝目覚める頃に、自分の横であなたが瞑想をすることにイエスがあることが瞑想のサポートになります。そして、相手も自分も瞑想の恩恵を享受できます。

あなたが瞑想することに対して、パートナーが心のどこかで賛成できないとすると、その否定的なエネルギーそのものがあなたが瞑想に深くに入っていくことの障害になりえるからです。

自分も相手も、安心して安全に感じられることが何より重要なんですね。

 

どうやって How?

 

OSHOの瞑想には音楽が必ずあります。この祈りの瞑想には専用の音楽があり、瞑想ミュージックはこちらのサイトからCDを購入できます。(英語サイト)

準備を整えたら、ミュージックの再生をポチして瞑想を始めましょう。大切なのは、始める前に瞑想のやり方をよく読んでおきましょう。途中で「あれ?なんだったっけ?」とならないようにね♪

 

どのくらい How many times? 

 

1日に1回で良いでしょう。夜と朝と1日2回やるのもビューティフルです。

 

いつまでやるの How long?

 

初めてトライしてみるのであれば、3日間は同じ時間に同じ場所でやってみてほしいです。3日やってみて、自分が好きだなぁと思えるようであれば、7日間に延長してみてください。

一週間やってみて、さらに続けたい感じがあれば10日間。もっと続けたいのであれば14日間、そして21日間やってみてください。

鍵になるのは、「自分がいい感じがあるか」どうかです。人それぞれに表現方法は異なりますが、嬉しさ・楽しさ・静けさ・幸福感・満ち足りた感覚、音楽が好き!などなど。

瞑想するのが楽しい。と思える技法でなければ、続けることも苦痛になってしまうので、「なんかこの瞑想好きだなぁ。。」という感覚をよりどころにしてください。

瞑想技法は100通り以上ありますので、自分にぴったりの瞑想が必ずあります。この祈りの瞑想が自分には合ってない感じがやってきても全く問題ありません。他のメソッドを試してみてください。

自分にぴったりの瞑想が知りたい方は、私とウッタムがインドで毎年開催している瞑想リトリートにどうぞいらしてください。自分の瞑想法が見つかります。

どんな瞑想法でも一定の期間続けていくと、ある地点から自分の変化に気づくようになります。例えば、「最初は楽しかったけど、なんだか最近ちょっと義務感というか習慣みたいになってるなぁ。」とか、

「なーんかマンネリ化してる。」

「ちょっと飽きた。」

「楽しくなくなってきたんですけどー。」

「やめたいけどやめられない。」

こんな声が聞こえるようになったら、その瞑想法をストップするときです。

自分が楽しいと思える他の瞑想法を試してみましょう。どの瞑想法が良いのか分からない場合には、経験豊かなトーシャンに聞いてください。

 

祈りの瞑想を実際にトライできる瞑想会に参加してみる

 

自分一人でやってみるのは不安だし、音源もないし、どうしたらいいかなぁという方は、今夜、夏至の夜21時からオンライン瞑想会を開催しますので是非参加ください。

この瞑想はタントリックな瞑想法でもあるので、タントラに興味ある方にも一押しでオススメです。

瞑想の時間は35分間です。OSHO瞑想はほとんど60分ですが、この瞑想は35分と短めですし技法も難しいことは何一つありません。瞑想初心者の方でも、とっても入りやすい瞑想法です。

参加資格は不問ですので、どなたでも興味がある方を歓迎します。

 

【開催概要】

夏至の夜・祈りの瞑想会

 

日程:6月21日(木)

時間:21時〜22時頃 

場所:スマホでネットに接続した環境で、横になってリラックスできる場所(最適環境は布団のなか)

        ※声だけ参加OK

        ※瞑想終了後、できればそのまま布団のなかで眠ちゃってほしいので出来る限りスマホで繋がってください。

プログラム内容:

21:00-21:20 

  ・瞑想について説明

  ・瞑想の方法についてのデモンストレーション

   (動画を使って実際にどのようにやるのか確認します。)

  ・瞑想後のログアウトの手順方法について

21:25-22:00

  ・祈りの瞑想〜プレーヤー瞑想〜(35分)

22:00

  ・瞑想会終了

参加費:1000円

支払方法:クレジット決済、あるいは口座振込

ナビゲーター:トーシャン

◎キャンセルポリシー

ご入金の返金は受け付けておりません。ご注意ください。(開催時間までの振り込みが難しい方はその旨をメールでご相談ください)

 

 

 

神とは、あなたが祈るのを助けるためのひとつの方策だ 

ひとたび祈ることを学んだなら

神についてはすっかり忘れてしまうがいい

祈りはそれ自体で十分ーーー

十分すぎるほどなのだ

OSHO

 

 
 
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